2012年2月19日日曜日

鞆の浦へ

井戸大和クラブのメンバーが2年半積み立てて豪勢なツアー
世話役を仰せつかった。

家を出る時は35㎝の積雪。
故に1名ドタキャンとなり12名が一行。

倉敷でIBSで昼食
仙酔島へ渡るため美観地区の散策は割愛。


渡ったものの寒いこと。
地層に興味のない人にとっては行だったのでは。


宿泊は欧風亭。
風邪のため入浴は見送る。
夕食にご馳走が出るは出るは。食べられない。

一夜醒むれば今日も好天!


小松寺に皆を案内できました。


http://homepage1.nifty.com/sira/baisyouron/baisyou32.html
(梅松論より)
尊氏は備後の鞆(とも)にお着きになった。
そこに、三宝院僧正賢俊を勅使として、持明院(光厳院)から院宣を下された。それを聞いて人々は勇みたった。「すでに朝敵ではない」と、錦の御旗を揚げることを国々の大将に仰せ遣わされたのは目出度いことであった。

鞆の浦は瀬戸内海の潮の流れが変わる場所で、古代から潮待ちの港として発展した。
安元元年(1175)平重盛が厳島参詣の途中、ここに一宇を建立して護身の阿弥陀仏を安置したのが始まりと伝えられている。足利尊氏は、この寺で光厳院の院宣を受けた。後に、織田信長によって京を追われた足利義昭もこの寺を寓居として幕府の再興を計ったが、果たせなかった。このことから、「足利は鞆に興り、鞆に滅ぶ」と言われている。
【開基平重盛のこと】
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10856023886.html

【鞆の浦の写真集を見つけました】
http://blogs.yahoo.co.jp/koji0420207/folder/715234.html

太田屋を見学し尾道に向かった。


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